チクテベーカリーの北村千里さんが、新麦コレクションプロデュースによる「小麦が主役のパンレッスン」(HAPPY COOKING東京本校)に講師として登場。オープン以来継ぎつづける発酵種の楽しさ、付き合い方のコツを教えてくれた。
自然栽培農家・生産者さんの思いをのせたレシピを作る
チクテベーカリーのパンひとつひとつには、小麦を送ってくれる生産者たちの思いが表現されている。その中から、「中川さんと丸山さん(上原さん)のcampagne」を紹介。お店で出しているものを、家庭でも作れるよう、冷蔵庫の温度帯(5℃)でオーバーナイトさせる配合に落とし込んでいる。
「中川さんは北海道・十勝の自然栽培農家。その方の小麦を分けてもらっています。丸山さんは群馬県の自然栽培農家。昨年亡くなられて、いまはお隣の上原さんが農林61号を送ってくれていて、全粒粉の種を作るのにずっと使っています」
「生産者に送ってもらった材料を使うときは、生産者さんの思いを活かすレシピを考えます。そうすると、パンに気持ちがのって、味も追加されるのではないでしょうか」
湯種、レーズン液種、ルヴァンリキッドと3種類の種を使用。湯種(前々日)→本ごね(前日)→成形・焼成(当日)という流れ。
チクテベーカリーの種継ぎ
まず、湯種の仕込みから。農林61号の全粒粉(15%)に倍量の熱湯を合わせ、湯種を作る。
「沸騰したお湯を使いましょう。完全にでんぷんが糊化するためには65℃以上になることが必要です。完全に冷まして、粗熱がとれたら冷蔵庫へ」
ルヴァンリキッド(10%)を準備しておく。全粒粉から起こした元種を種継ぎし、元気な状態に。意外な高温に秘密がある。
「45℃の水と全粒粉で種継ぎします。できあがりの温度が30~35℃ほしいです。35℃3時間の発酵でフレッシュな状態になった種で本ごねをはじめたい。そうすると、酸味が出にくくボリュームが出やすくなります。でも毎日35℃の温度帯はとれないですよね。室温24℃で6時間ぐらいでも一応種はできます。でも、低い温度で長い時間か、高い温度で短い時間かでは、上りも味もちがうんです」
ルヴァンリキッドの状態は味見して見極める
「これいちばんいい状態、私の好きな味です。ヨーグルトっぽい感じで、えぐみとか残らない。おいしいって思った種のときは、パンの出来もいいです。毎日味見をして、種の状態を見極めます。えぐみが出たら、2回連続で継いで、リフレッシュしてあげましょう。状態を見極めて、できることをほどこしてあげる。使い切りの種とはちがう、継いでいく種ならではの付き合い方、それが楽しくて」
「毎日種継ぎすると種がいっぱいになってしまいますが、パンを作れないなら1~2週間くらい寝かせても2~4回くらい連続で種継ぎすることでいい状態に持っていくことはできます。あとは種の状態とパンのできあがりを見て調整していきます」
中川さんの小麦粉キタノカオリヤングを活かした生地づくり
本ごねの前に30分間のオートリーズ(小麦粉と水を合わせ水和をうながす時間)をとる。
「この段階でレーズン液種を入れるので厳密にはオートリーズとは言えないのですが、発酵促進したりここでなるべく酵母数を増やしたい生地はそのようにします」
「溶けにくいので、湯種はちぎって入れてください。ボウルを予熱しておくとうまくいきやすいです。ゴムベラでも手ごねでも大丈夫。湯種だけ残っちゃうときれいじゃないので、なるべくほぐして」
「中川さんのnoahRは、スキムミルクみたいな、ほのかにミルキーな香りがします。香りを活かして、牛乳のブリオッシュでも使っています」
「こねすぎないように。手ごたえがちょっとふわっとしてきて、返ってくる感じ。この時点で発酵してきてる感を感じる。20℃前半ぐらいでこねあげます。オートリーズは、室温が低いようでしたら長めに、高いようでしたら短めに、冷蔵庫に入れたりして最終のこね上げ温度の調整もしています。ご家庭では作業時間の調整にもいいかと思います」
本ごねで加えるのは、中川さんのキタノカオリヤング(茶色く熟す前の青い粒が入ったもの)。この小麦を北村さんが使うまでにはストーリーがある。
「中川さんは自然栽培農家。農薬も化学肥料も使わず、雑草を手でとって、クローバーを緑肥として土作りしています。農薬を使えないので、リスクはすごく大きい。昨年のキタノカオリは実入りが悪く、茶色く熟す前の早いうちに刈り取ってしまわないといけなくなった。緑色のちっちゃいやつがとれたのですが、規格外となり買い取ってもらえない。捨てるしかないという状況になったのですが、私の友人(中川農場に手伝いにきていた研修生)が『小麦を捨てちゃうんですか?』と言って、救出されたのがキタノカオリヤング。抹茶のような、和っぽい青々しい香り。ふくらむ力も強くも弱くもなく。いちばんおいしかったのは焼きたて、粗熱がとれた状態。でも、時間が経つと消えちゃうんです。すごくはかなくて。焼いた当日がおいしいと思っていましたが、その後お店での試作で、成形冷蔵にすると深みが増して、奥深い味わいになりました。フレッシュさはやはり当日です」
配合は、それぞれの小麦の特徴が出るように巧みに組み立てられている。キタノカオリヤング(20%)を本ごねで入れることも理由がある。
「本ごねでいちばんあとにくわえるのはキタノカオリヤング。最後にざっと混ぜる感じで入れたほうが、香りも味もたちます。
強い粉ではないので、こねて特徴が出るわけじゃないです。全粒粉の味はこねないほうが活かせます。叩きつけるこね方は必要ないと思います」
「水(10%)は全量入れないで、調節しながら。なんとなく粉気がなくなるまで混ぜて、混ざりきらないところで塩(2%)を入れます。塩を入れると生地が締まる。後から入れたほうが、ヤングの香りがたちます」
成形のコツ
「ボウルから出しちゃって、こういう感じで広げてまとめて。水が入りそうだと思ったら、広げて水を入れてください。この段階でも意外と力があります。あまりこねたくないので、混ざれば終了。表面がざらっとしてても大丈夫です。足りなくてもパンチで調整すれば生地は落ち着いてきます」
こねあがった状態の生地。
発酵は、1時間30分→パンチ→1時間→パンチ→冷蔵庫(-5℃)で一晩。ただし、発酵が十分でない場合は、冷蔵する前の時間や温度を調節、または翌日の復温時間を調整する。
パンチは、ボウルの中の生地をすくいあげ、カードで折り返すように行う。
「パンチは、生地を積み上げて、表面をきれいにする感じで。あまり強くやらなくて大丈夫です」
さて焼成当日。冷蔵庫から出したら室温で1時間復温させる。分割・丸めをし、ベンチタイム20分のあと成形。生地の感触を感じながら、ぱんぱんと軽く叩いて気泡を整える。
「気泡たちは潰すのではなく、余分な、大きいのだけ抜きます。細かい気泡は活かして、つぶさない成形をします」
3つ折りを2回したあと、2度手前に織り込んで生地を張らせながら留め、俵型を作る(丸でもOK)。
「きちんと張らせてください。真ん中に折り込んで締めます。形を作ることに夢中になると、生地を痛めちゃうので気をつけて。食べたときの食感をイメージして、内部の気泡の様子を想像しながら、つぶさない成形を心がけましょう。イーストの生地は強いので指先で触っても大丈夫ですが、発酵種の生地は指先を使わないように。指の腹でさわると生地を傷めずに成形できます。酵母の生地は強くないですが、生地を活かしてあげる触り方や成形でまったく変わります」
綴じ目を上にして発酵カゴに入れる。
カゴにはキタノカオリヤングとnoahRをふっておき、粉の香りを出す。
このときは室温で40分程度の2次発酵をとった。発酵を終えたかどうか、見極めは手触りで行う。
発酵から焼き上げへ
2次発酵を終えた生地。
「奥のほうに芯が残っているぐらいで入れて、窯で伸ばすほうがボリュームが出るんじゃないか。皮もばりっとおいしくなります」
ひっくり返してベーキングシートにのせたら、格子状にクープを入れる。
「格子状のがりがりしたところがおいしい。クープをたくさん入れたほうが香ばしさが増し、皮がおいしいパンになります。
焼成は、230℃45分。店では270~280℃まで熱して、がっと持ち上げます。スチームもばりばりに入れて」
焼成後も目で見て触って焼き上がりを確認する。
「持ったときの重さ、容積。指で叩くとこんこんかんかんといい音がしたら焼き上がり。裏の焼き色も確認しましょう」
さて、焼きあがったパンを食べてみると、農林61号のコク深さ、キタノカオリの甘さとともに、抹茶のような青い香りが本当にあった。
中身は青刈りのキタノカオリらしい青みがかったイエロー。
キタノカオリは病気や雨に弱く、栽培には大きなリスクがともなう。おいしい小麦であるにもかかわらず、栽培面積が減っているのは残念だ。
「黄金色にならなくても、利用価値があるのだったら、栽培してもらえるかも。そんな、ひとつの希望がキタノカオリヤングにはあります」
生産者の苦労を思う気持ちが、新しいおいしさを生んだ。
すべてのアイテムを自家培養する発酵種で作る。小麦や野菜など素材の生産者の思いを大切にしながら、日々変わる種と付き合い、ゆっくりとした発酵でパンを作る。
東京都八王子市南大沢3-9-5 101
042-675-3585
11:30~16:30
月火休み
http://cicoute-bakery.com/
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プロが教えるレッスンが人気。新麦コレクションプロデュース「小麦が主役のパンレッスン」、次回は2019年1月23日「セテュヌ・ボンニデー有形泰輔シェフ シンプルな配合から作る、菓子パン~惣菜パン」
https://www.happycooking.jp/products/detail.php?product_id=1260
パンライター。パンの研究所「パンラボ」主宰。ブレッドギーク(パンおたく)。パンを食べまくり、パンを書きまくる。日々更新されるブログ・twitterでは、誌面で紹介しきれないパンの情報を掲載中。主な著者に『パンラボ』(白夜書房)、『パンの雑誌』(ガイドワークス)などがある。
【BLOG】http://panlabo.jugem.jp/
【Twitter】@ikedahiloaki