Happycooking東京本校で行われた「新麦コレクションプロデュース 小麦が主役のパン教室」から、行列のできるパン屋さん「ZOPF」の伊原靖友シェフによる「国産小麦のコツを知るパンレッスン」をレポートします。
今回、伊原シェフが手にしたのは、埼玉県産ハナマンテン。国産小麦、特に地粉はパンを作りにくいイメージがありますが、コツをつかめばおいしいパンになります。そのためにグルテンの性質を「繊維」のたとえで説明します。地粉でパンを焼こうという人、家庭で手ごねでパンを作る人にひじょうに役立つお話でした。
国産の地粉「ハナマンテン」ってどんな小麦粉?
(埼玉県産ハナマンテン、茨城県産ゆめかおりをそれぞれ吸水させ比較)
ハナマンテンの特徴をこう説明します。
「ハナマンテンはタンパク量が少ない、低タンパク強力粉の代表。グルテンがつながりにくく、あまりふくらまなくて、
吸水に時間がかかる。その代わり、口どけがすごくよくて、さくみがあります」
伊原さんはグルテンを繊維のように考えています。繊維をミキシングでからめていくことで、布地をつくり、そこに空気をはらませてパンをふくらませるイメージです。
「ハナマンテンは、グルテンが短いんだと思います。1CW(アメリカ・カナダの小麦。一般的な小麦粉によく使われる)は、長いのがたくさんあるイメージ。よくからみあうので、ガスを保持しやすく、パンがよくふくらみます。グルテンが短いと、からみづらくて、生地が切れちゃう」
1CWやゆめちからと、ハナマンテンのグルテンのイメージのちがいを図にして説明してくれました。
「ハナマンテンは長いのだけではなく、短いグルテンも入っているので、つながりにくい。でも、短いのが入ることで口どけのよさや歯切れのよさが出る。だから、バゲットは向いています。ハナマンテンのふくらみづらさを、どうメリットとしてとらえるかがポイントです」
ハナマンテンの特徴を活かしたい。伊原シェフのある作戦
それにしてもハナマンテンには、伊原シェフの力をもってしても、正攻法では苦戦ぎみでした。
「水をちょっと入れただけでどんとゆるむ。吸ってくれるグルテンが少ないからじゃないかな。手触りからしても米粉みたいな感じ」
短いグルテンが含まれ、水が入りにくいハナマンテンの特徴をどうカバーし、活かすか。伊原さんはある作戦を考えました。きび糖と溶かし無塩バターを少量入れた、ソフトフランスのようなパン。水は54%とかなり少なめに。
「ハナマンテンはゆるむので、ちょっと水を入れすぎるとだらだらになる。だからあまり水は入れられないんだけど、でもゆるめないとおいしくない。ゆるむのって甘さが出ている証拠。そこでホシノ酵母液種を使いました。ホシノは麹が入ってるので、酵素が多い。硬く締めて作っても、(酵素分解によって)翌日になったらゆるんでいる。ハナマンテンは甘さもあっさりしているので、どっしりした甘さが出しにくい。酵素を入れてしっかりでんぷんを分解させる。そのためにも常温でオーバーナイトさせるほうがいいと思いました」
▼ホシノ酵母液種
ミキシングの時間を、粉と水が合わさる時間と考える。そのとき、グルテンになにが起こっているのでしょう。
「グルテンは細い繊維状のものが集まってできている。それをときほぐすのもミキシングの役割。こねる回数だけではなく、粉と水が出会ってからの時間にも意味があります。時間経過でどんどんグルテンが分かれてくる。グルテンがほぐれたら、こねることにより、編み込みを強くして、空気が抜けるのを抑える」
グルテンをほぐす=時間、ほどいたグルテンを編む=練る。ミキシングには両方の意味があると伊原さんはいいます。1CWやゆめちからのようなタイプは、太いグルテンなので、それをほぐしてやわらかくするのに時間がかかり、ハナマンテンはほぐれるまで時間がかからないというのが、手触りから感じられる伊原シェフの見立てです。
ほぐしたグルテンを編み込むための工夫にはどういうものがあるでしょう。
「だから、こねるときもパンチも、生地はたたむのが基本。重ねたら空気が抜けにくくなるでしょ。それから、ひねるとよくふくらみます。グルテンをからませると網目が複雑になる。パンチのときも、つまみあげてひねることで、ガスの保持力が上がります」
▼生地を伸ばしてはたたむ手ごねの動作には理由があります。
パン作りの失敗って実はひとつしかないんです。
伊原さんがZOPFで開くパンレッスンで、生徒さんをずっと見てきた中で気づいたこと。パン作りの失敗のほとんどは、こね不足だということです。
「パン作りの失敗って実はひとつしかないんです。失敗の種類って、クープが開かない、高さが出ない、気泡がうまくできない、火通りが悪い…ぜんぶ、ボリュームが出てないってことでしょ。そのときみんな発酵に原因を求めるけど、イーストが入ってるんだから発酵しないわけはない。実はパンって、発酵で作られる空気のうち、1/3しか保持できてないんですよ。7割は抜けてる」
「じゃあ、生地をどうやって強くするの? いちばん簡単なのは、強い粉を使うこと。グルテンが長くて本数が多いもの=イーグル(日本製粉)やカメリア(日清製粉)みたいなタイプです。あとはよくこねること。いま練らないパンがいいってみんな思ってるけど、手ごねでオーバーミキシングは絶対ありませんから。1万%ない(笑)。失敗したらもっと練るとほぼ解決します。自分の立っているところがミキシング回数最低だと思ってください」
「失敗の8割の原因が、こねる工程だと思うよ。それに気づいて、1年ぐらい前から回数と時間をレシピに書くようにしたら再現性が高まりました。どんなパンでも20分こねたらパンになりますが、安全策を考えて30分こねましょう」
ハナマンテンのレシピは「ゆっくり300回」。なるべく時間をかけながらこねてください。ときには休みを入れ、総計20分以上かければ、失敗は少なくなります。
食べやすいドイツパンから、たっぷり盛った惣菜パン、菓子パンまで、毎日約300種類も焼くパンの殿堂。あなたの好きなパンがきっとあります。
松戸市小金原2-14-3
B’Zopf(パン店) 047-343-3003 6:30~18:00(夏期休業以外年内無休)
R’Zopf(カフェ) 047-727-3047 7:00~17:30(LO 17:00。4月18.25日 5月9.23.30日休業)
http://zopf.jp
伊原 靖友
プロから初心者までパンを作るさまざまな人に応えるパン教室「L’Zopf」を開催(千葉県柏市東山2-6-8)。著書「ぜったいに失敗しないパンづくり: ツオップ 伊原シェフに教わる」(柴田書店)
プロが教えるレッスンが人気。新麦コレクションプロデュース「小麦が主役のパンレッスン」、次回は「ブーランジェ リュネット 若松大輔シェフに学ぶ 埼玉県産小麦“ハナマンテン” の魅力たっぷりなパン作り♪」
パンライター。パンの研究所「パンラボ」主宰。ブレッドギーク(パンおたく)。パンを食べまくり、パンを書きまくる。日々更新されるブログ・twitterでは、誌面で紹介しきれないパンの情報を掲載中。主な著者に『パンラボ』(白夜書房)、『パンの雑誌』(ガイドワークス)などがある。
【BLOG】http://panlabo.jugem.jp/
【Twitter】@ikedahiloaki