2016年3月、神戸で開かれた「チャリティ製パン講習会」。 ジェラール・ミュロなどのシェフを歴任したパン業界の大御所・山﨑豊さんが呼びかけ人となって、東北大震災直後より開かれている。 行列のできる店として知られるツォップの伊原靖友シェフ、オーヴェルニュの井上克哉シェフが毎回登壇。 13回目は、地元・神戸の老舗「ケルン」の壷井豪シェフがゲスト講師となった。 披露されたメニューより、東西の人気パン、ツォップのヨーグルトライ、ケルンのクロワッサンベーグルを紹介する。
壷井シェフの作るクロワッサンベーグル
この不思議なパンはクロワッサン生地をリング型に成形することで作られる。
「おもしろい食感のパンです。 お店ではお客さんに『レンジでチンしてください』と説明しています。 オーブンであたためてもまたちがう食感になります。 これのおかげで全体の売り上げも上がりました。 120円と安く設定しているので、クロワッサンベーグルを買いくるお客さんが他のパンも買ってくれます」
表面はクロワッサンのかりかり感、中はベーグルのもっちり感がありつつ、軽やかに層を噛み破る快感がある。
折り込みの工程をリバースシーター(折り込み生地を作るための機械)で行う。 ここにも経験から生み出した職人の技がある。
「二つ折りと四つ折りを一回で終わらせます。バターを入れて二つ折りで伸ばすとき折った生地と生地の重ね幅を多めにとり、次の四つ折りのとき、逆に生地と生地の間隔を空けることできれいに折ることができる。やっているうちにコツがわかりました」
通常のクロワッサンより厚めの生地はベーグル的なもっちりをも演出する。
さらに、配合にもユニークな食感の秘密がある。
「クロワッサンベーグルはもちもち感を出す配合にしています。 でんぷんの中のアミロースとアミロペクチンの比率で、もちもちかそうでないかが決まる。
アミロペクチンが通常より多いともちもちします。 小麦粉はアミロース:アミロペクチンが約3:7ですが、そこにアミロペクチンの比率が高い米粉(約2:8)が10%入って、ちょうどいいもちもちの具合になる。 そこの働きがわかると、いろんな食感のパンが作れるようになります」
もうひとつ、ラードを入れるのも食感を作りだすための秘密。
「ラードは歯切れと、食感の変化のために入れています。最初から入れることで、グルテンを作らせないようにする。 (普通のミキシングではグルテンを作り上げたあとのタイミングで油脂は投入する) よくない作り方をわざとして、そういう物性にもってってるんですね」
生地を細長く分割、それをねじりながら丸くつなげて、ベーグルの形にする。
「つなぎ目を右手で持って、ねじって裏がわで留める。 真ん中に穴を空けるのは、ふくらんだとき圧がかかってしまうので、できあがりを想定してのことです。
ホイロは60~70分、高い温度じゃなく28℃でとります」
成形した生地は型に入れて焼く。
ベーグルの場合、通常は生地をゆでる工程が入る。
クロワッサンベーグルの場合、それをオーブンの中でスチームを出すことで行う。
「スチームをたっぷり出して、オーブンで蒸し焼きにします。
スチームとゆでるのはぜんぜんちがうと思います。
両者ともアミロペクチンをアルファ化させる工程ですが、スチームの場合それが均一にならないのがいい。
型に溶けたバターが溜まるので、油で揚げたみたいに底面はかりかり。
中身はアルファ化してもちもち。
上面は焼成によるぱりぱり感。
3つの食感があるのが飽きさせす、もう一回あの食感を味わいたいと思わせるわけです」
1個のパンに詰め込まれた、お客さんを楽しませるためのいくつものアイデア。
それを極めて理論的に実現しているのが、壷井シェフのパンだ。
<次回へ続く>
千葉県松戸市の人気店ツオップのヨーグルトライをご紹介します。
TEXT & Photo:池田浩明
パンライター。パンの研究所「パンラボ」主宰。ブレッドギーク(パンおたく)。パンを食べまくり、パンを書きまくる。日々更新されるブログ・twitterでは、誌面で紹介しきれないパンの情報を掲載中。主な著者に『パンラボ』(白夜書房)、『パンの雑誌』(ガイドワークス)などがある。
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